キラルな充填剤
1 はじめに
 

L-アミノ酸とD-アミノ酸のような鏡像異性体同士はアキラルな環境の中で同じ化学的な性質を示す。このため鏡像異性体同士は常に同じように振るまい、両者を別々のものとして分離することはできない。このエネルギー的な縮重状態を解き、鏡像異性体同士を分離するためにジアステレオマーを作る。カラムクロマトグラフィーではキラルな充填剤を用いて可逆的にジアステレオマーを作りだし、鏡像異性体を分離する。
可逆的なジアステレオマーの形成によって、一方の鏡像異性体は強く、また他方は弱く充填剤に結合し、結果的にカラムの中を別々の速度で移動し、別々のピークを形成する。

   
2 キラルな充填剤によるジアステレオマー錯体の形成
  1)キラルな充填剤の合成に向けて二つの目標を設定する 
充填剤にキラリティーを導入する場合、以下のような二つの目標を設定する。
a)大きなエネルギー差を生み出すジアステレオマー錯体を作る。
可逆的なジアステレオマーの形成が大きな安定性の違いを持てば大きな移動度の差、つまり大きな分離係数(α)が得られる。
b)迅速に平衡化するジアステレオマー錯体を作る。
キラルな充填剤と鏡像異性体の間のジアステレオマー錯体化が迅速であれば、現代の液体クロマトグラフィーの高い分離効率を生かせる。しかし、細かい充填剤を高い密度でカラムに充填すれば、いつでも高いカラム理論段数が得られるわけではない。その前提は分離対象である溶質分子が速やかに充填剤と局所平衡を達成すること、言い換えれば速やかに吸着し、速やかに脱着することである。
これら2つの目標が必ずしも両立するとは限らない。しばしばa)の目標はb)と折り合わず、また、その逆もあり得る。
 
2)キラルな充填剤と鏡像異性体の相互作用を一般化する 
一般に充填剤(X)と溶離液中の鏡像異性体(SR, SS)はカラム内で次のような分配平衡を作る。ここでX=SとX=SSがジアステレオマー錯体同士である。

1.jpg

各の鏡像異性体SR, SSが溶離液からキラルな充填剤Xの表面に移動し、結合することにより、どれだけ自由エネルギーが変わるかを示すのがΔGである。勿論、鏡像異性体の分離はこのΔGが違うときに生じ、αは、

2.jpg ー(1)
と表せる。
さらにポルツマン定数kBを使って式1を1分子当たりの自由エネルギーに書き換えれば(式2)、αは充填剤と各鏡像異性体の間に生じる全ての相互作用のエネルギーを足し合わせたものの比をとなる。全ての相互作用とは、充填剤と溶質分子の各の多様なコンホマーの間の相互作用であり、コンホマーの組み合わせによって会合の様式は変化する。αに関する式2は、両者が「どこで」、また「どのように」相互作用するかを内包する表現であると言える。

α = exp(-βΣEiR) / exp(-βΣEjS) (β = 1/kBT) ー(2)

低分子量のセレクターでは各鏡像異性体が「どこに」結合するかよりも「どのように」結合するかが重要である。セレクターと各異性体が同じ部分で結合してジアステレオマーを作り、両者のコンホマーの組み合わせが違うことで、立体化学的な相互作用が自ずと違ってくるからである。一方、高分子のセレクター、特にタンパク質では「どこに」結合するかが鏡像異性体同士で違うこともある。
一方、充填剤の表面では鏡像異性体の分離に全く関わらない様々なアキラルな相互作用が生じる。こうした相互作用は式2で示したジアステレオマー相互作用の総和(ΣEi、ΣEj)に加算され、全体としてαを小さくする。充填剤の合成ではジアステレオマーの形成に関与しないアキラルな相互作用を可能な限り取り除くことが必要である。

3)キラルな充填剤はどのような相互作用により鏡像異性体と結合するか 
低分子量のキラルなセレクターを用いる場合であれ、高分子量の合成ポリマーをセレクターとする場合であれ、溶質である鏡像異性体との相互作用は多様な結合力の総和であり、分散力(van der Waals 力)や、水素結合、π酸ーπ塩基相互作用、静電的相互作用などが関与する。
新たな分離対象を求めて展開してきた光学分割は、新たな相互作用の組み合わせを模索しつつ、今日に至っている。例えば、従来の水素結合を主要な分子間力とする低分子量のセレクターや分散力による包接と水素結合で機能するシクロデキストリンに、π酸ーπ塩基相互作用を加えることにより新しい分離システムが誕生した。また、高分子セレクターとしての微結晶性セルローストリアセテートにπ酸ーπ塩基相互作用を加えることで、広範な鏡像異性体を分離するユニークな分離システムが生まれたといった具合である[1-3]。
しかし、鏡像異性体とセレクターの相互作用は全ての構成原子間の相互作用であり、この全原子ー原子相互作用の観点からは、こうした名目的な結合力の寄与を議論することに大きな意味は無い。酵素における立体選択性をモデル化した3点結合モデルは相互作用における漫画、カリカチュアである。しかし、主要な相互作用を引き出して立体選択性を考える化学の目は依然として捨てがたく、本章でも依然として漫画的ではあるが、名目的な相互作用の名称を挙げてゆく。

4)3点結合モデルを捕え直す 
鏡像異性体の分離に関して3点結合モデルが明確に意識されたのは、L-アルギニンをキラルなセレクターとするDOPAの分離である。シアヌリン酸を経由してセファデックスにL-アルギニンを結合した充填剤1はDOPAを分離する。シアヌリン酸を用いるキラルなセレクターの結合方法がアフィニティークロマトグラフィーにおけるタンパク結合法であること、またその分離が酵素モデルを用いた点で、その後の光学分割の道筋を予見するものであった。
7.jpg

充填剤1
 図1 L-アルギニン部分に対するD-DOPAの結合を模式的に示す。

L型のセレクターはD-DOPAと3点の相補的な相互作用を与えるのに対して、L-DOPAはグアニジノ基との結合を欠くとみて、L体の速い溶出を説明した。勿論、DOPAのフェノール性水酸基がアルギニンセレクターのα-アミノ基と結合することもでき、このような結合様式では他の結合を想定することは難しくなる。
3点での結合形成により鏡像異性体が識別されることを仮定した上で、1点や2点の会合の可能性が鏡像異性体の分離に寄与しない非選択的な相互作用としてαを低下させることを読み取らなければならない。
こうしたイオン対形成による光学分割の例は意外に少なく、シンコナアルカロイドを結合したシリカゲル充填剤の例を見る程度である(9節イオン対形成による光学分割で述べる)。
1980年までに光学分割のためのジアステレオマー形成の原型、つまり結合力の組み合わせが揃い、以後の展開は新たな組み合わせを求めるものである。ここでは原型となるキラルなセレクターを捉え、その合成法を探り、その上で、その後にどのような展開が起きたかを取りまとめたい。どのような鏡像異性体が分離の対象となったか、またどのような分離の機構が提案されたかについても簡単に触れてゆく。
   
3 キラルな充填剤の合成
  鏡像異性体に対してジアステレオマー的な相互作用を与えるキラルな充填剤の作り方には二通りがある[1]。

1)高効率液体クロマトグラフィー(HPLC)用のシリカゲル(5~10μm)にキラルな分子を結合する
シリカゲルは膨潤しない硬い固体で、表面のシラノール基を手がかりにキラルな分子は結合することができる。キラルな分子は分離対象に比べて極端に大きなタンパク質などの天然高分子から、分離対象と類似の大きさを持つ、いわゆる低分子量の合成セレクターまで様々である。キラルな高分子ではシリカゲルなどの固体表面に共有結合するか、物理的に吸着(コーティング)するかの別が生じる。
キラルなセレクターをシリカゲルに共有結合する方法は二つある。

a)シリカゲルにキラルなセレクターを結合するため、まず手がかりとなる官能基を導入する 3-メルカプトプロピル基(a)や、3-アミノプロピル基(b)、3-グリシドキシプロピル基(c)などが代表的である。

10.jpg
(スキーム2)
メルカプト基はアリル基やビニル基をもつ分子とラジカル付加し、アミノ基は酸塩化物やイソシアナートと反応する。また、炭酸ジコハク酸イミドとの反応により活性化し、アミノ基などを有するキラルな分子を結合できる。この方法はタンパク質のシリカゲルへの固定化法として重要である。
3-グリシドキシプロピル基はそのエポキシド部分がアルコールやアミンと開環的に反応する活性基である。メタクリレートを含むトリエトキシプロピルメタアクリレートを結合したシリカゲル(d)は重合性のモノマーとの反応によりポリマー層を作る。

11.jpg
(スキーム3)
いずれの官能基も、3-メルカプトプロピルトリエトキシシランなどの三官能性のシリル化試薬をトルエンなどの無極性溶媒中でシリカゲルと反応することによって導入される。
一般に、シリカゲルの表面1nm2当たり、化学的に反応するシラノール基は2から3個であり、三官能性のシラン化試薬は最大でも2つのアルコキシ基しか反応できず、1つ、あるいは2つのアルコキシ基は反応せずに残る。これらの官能基は徐々に加水分解して水酸基に変わり、別のシリル化試薬と反応してポリメリックな層を作り出す(三官能性のシリル化試薬を結合したシリカゲルではシランからの残りの2つの結合様式を特定出来ないため、図中に波線で示す)。このため三官能性のシリル化試薬によってモノメリックな導入層を作ることは難しく、局所的にポリメリックに反応した塊ができてしまう。従って、完全なモノメリックな層を作るためには一官能性のシリル化試薬を調製しなければならない。

b)キラルなシリル化試薬を合成してシリカゲルに結合する a)の結合法は簡便である。しかし、シリカゲルに予め導入した官能基を次の試薬と完全に反応させることは難しく、未反応の官能基を残してしまう。これらの官能基はアキラルな相互作用を生み出し、鏡像異性体の分離を損なう原因となる。
充填剤表面を不均一にしないためには、1段階でシリカゲルにキラルなセレクターを導入すればよい。このために末端にビニル基を有するキラルな化合物を合成した上で、塩化白金酸を触媒としてジメチルクロロシランやトリクロロシランでヒドロシリル化し、生成するシリル化試薬をシリカゲルと反応させる。これらの試薬をアルコールと反応すれば、クロロシランからアルコキシシランとなり、クロマトグラフィーなどにより精製した後用いることができる。反応性は前者が高く、モノクロルシラン試薬ではアルコキシ化を経ることなく用いられることが多い。こうした合成経路をPirkle型の充填剤の合成で見ることにする。この充填剤2は後ほど、再度登場する。

72.jpg

充填剤2(スキーム4)

シリカゲル以外の支持体としてはスチレンージビニルベンゼンポリマー(ポリスチレン)の微細粒子がある。

2)キラルな高分子を合成する
キラルな重合性のモノマーを架橋剤と共に重合することにより充填剤を合成することができる。また、モレキュラー・インプリント(MI)法では、キラルな分子をアキラルなモノマーと架橋剤と共に重合してポリマーを作り、キラルな分子を洗い取る。後にはこのキラルな分子の形を写した3次元ネットワークが残り、ポリマー中の微細な空孔の構造がキラルとなる。
これらのポリマーの合成をシリカゲルの表面で行い、ポリマーの薄膜層を作る場合もある。キラルなポリマーによる分離ではシリカゲルなどの硬い支持体を用いる場合と違い、ポリマーの三次元構造そのものが鏡像異性体の分離に重要な意味を持つ。
   
4 シクロデキストリン(CD)を用いる光学分割
  CDD-グルコースが環状に1,4'-α-グリコシド結合した化合物で、シクロデキストリングリコシル転移酵素によってデンプンから作り出される。中でも枝分かれを持たない6個のグルコースから成るα-CDや、7個のβ-CD、8個のγ-CDは水中で様々な分子をその内部に取り込み、包接錯体を作る。
同じD-グルコースを構成単位とするセルロースやアミロース、あるいはその誘導体による光学分割が高分子化合物の3次元構造に依存するのに対し、CDとその誘導体による光学分割は包接を主要な相互作用とする[2-4]
 
1)CDの構造 
いずれのCDもバケツのように、一方の縁がつぼんだ形を取り、このバケツの底には一級の6位の水酸基が並ぶ。これらの水酸基は5−6位の単結合回りで自由に回転できる。バケツの広い縁にはグルコース単位の不斉炭素原子に直接結合した2位および3位の水酸基が並ぶ。これらの2級の水酸基の配向方向は固定され、包接された鏡像異性体と結合することで分離を与える。シリカゲルへの結合は立体的に混み合いの少ない1級の水酸基の側で起こる。
14.jpg
α-シクロデキストリン(スキーム5)
 
CDの内部(バケツの中)は水中では無極性な分子や、分子の一部を受け入れる疎水的な空洞である。空洞の直径はα-CDでおよそ5.7Å、β-CD7.8Å、またγ-CD9.5Åで、α-CDは一つのフェニル基を、β-CDはナフチル基やビフェニル基をぴったりと包接する。γ-CDは置換ピレンをも受け入れる大きな空洞を持つ。こうした空洞中に芳香環を受け入れ、バケツ上部の2級の水酸基が、包接された分子の不斉炭素に近い部位と水素結合すると鏡像異性体の分離が生じる。
 
2)CDをシリカゲルに結合する 
初期には3-(2-アミノエチル)アミノプロピル基を導入したシリカゲルを用意し、これに6位をトシル化したCDを結合した(充填剤)。しかし、CDをシリカゲルに繋ぐスペーサー部分がアミノ基のような不要な水素結合部位を与え、またクロマトグラフィーの間にN-オキサイドを生成してしまった。
15.jpg
充填剤3(スキーム6)
 
そこで、スペーサ中にアミノ基を入れない結合法として、シリカゲルにエポキシドやハロゲン化アルキル基を導入した後、CDと結合する方法が登場した。いずれの場合も、CDは概ね2本のスペーサによりシリカゲルに固定される。あるいは3-イソシアナトプロピルトリエトキシシランとCDの反応から予めシラン化試薬を作り、これをシリカゲルに結合する方法も考案されている。
 
エポキシドを経由する方法 この方法には二つある。
1)CDを水素化ナトリウムでアルコキシドに変え、3-グリシドキシプロピル基を導入したシリカゲルと結合する(充填剤)。
16.jpg
充填剤(スキーム7)
 
2)オクテニル(あるいはデセニル)ジメチルクロロシランをシリカゲルと反応させた後、過酢酸などの過酸を用いてエポキシドに変え、このエポキシドにCDのアルコキシドを反応させる(充填剤)。
17.jpg
充填剤(スキーム8)
 
ハロゲン化アルキル基を用いる方法 この方法では8-ブロモオクタニル(あるいは10-デカニル)ジメチルクロロシランを用いてシリカゲルに反応点を与えた後、CDのアルコキシドを結合する(充填剤)。この方法ではエポキシドとCDの反応により新たな水酸基を生じない。
299.jpg
充填剤(スキーム9)
 
いずれの場合も残されたシラノール基をトリメチルクロロシラン(TMCS)とヘキサメチルジシラザン(HMDS)を用いてキャッピングする。
一般に、セレクター分子を長いスペーサでシリカゲルから離し、ジアステレオマー錯体化がシリカゲル表面に影響されないようにする。しかし、近年になってPirkle型の充填剤ではジアステレオマー錯体の間のエネルギー差を大きくするため、むしろスペーサを短くしてシリカゲル表面を積極的に錯体形成に組み込んでいる(10節π酸ーπ塩基相互作用と水素結合による光学分割、3)第三世代のPirkle型充填剤、スペーサを短くする)。
 
3)CDの分離する鏡像異性体
これらのCD結合型の充填剤の中で、α-CDはフェニルアラニンやチロシン、トリプトファンなどの芳香族アミノ酸を分離する。特にトリプトファンの分離ではNMRによる包接錯体の構造解析や、分子動力学計算を用いる分子モデリングによって、その分離の機構が詳細に調査された。インドール環がCDの内部にあって、そのカルボキシル基がCDの2級水酸基と水素結合する会合の様式が明らかにされた。この場合、α-アミノ基は水素結合点としての関与は極めて小さく、α-CDに対するカルボキシル基とインドール環中のNH基の相互作用の違いがジアステレオマー錯体に安定性の違いを与えた。
この「違い」とはCD空洞内部に結合するL-トリプトファンがD体よりも特定の位置に長時間滞在し、結果的により大きな安定性を獲得することを示すものであった。
19.jpg
(スキーム10)
また、β-CDではダンシルアミノ酸や、アミノ酸のβ-ナフチルアミドやエステル、ノルニコチン誘導体、メタロセン誘導体が分離された。さらにバルビツール酸誘導体や、プロプラノロールなどの2-アリールプロピオン酸誘導体、5-フェニルヒダントインなどの種々の芳香環を有する医薬品の分離へも展開した。
20.jpg
 
こうした鏡像異性体の分離は水を主体とした溶離液を用いる、いわゆる逆相モードのクロマトグラフィーにより達成されるが、カラムにおける流速を下げることにより分離の効率、つまりより狭いピーク幅が得られており、包接に対する局所平衡の成立がやや遅いことが指摘されている。
β-CDによって分離できる鏡像異性体は、CDの空洞に収まる芳香環があり、CDの2級水酸基と結合できる水素結合性の官能基を不斉炭素上か、その隣接位にもつことが必要である。こうしたモデルはβ-CDとプロプラノロールや2,4-ジニトロフェニル(DNP)アミノ酸の包接錯体化で詳細に検討された。
 
21.jpg
 
図11β-CDDNPアミノ酸の包接錯体化 DNP-L-アミノ酸(左)のDNP部分はβ-CDに包接され、そのカルボン酸はβ-CDの2級水酸基と水素結合で切る。一方、DNPD-アミノ酸(右)ではアミノ酸側鎖と水酸基が立体的な反発を生み出す。
 
一方、こうした適用範囲を打ち破り、CDを用いた分離をさらに展開するため、β-CDを中心としてアセチル化や、1,2-エポキシプロパンを用いる2-ヒドロキシプロピル化が試みられた。
 
4)誘導体化したCDを用いて分離する 
2- ヒドロキシプロピル基を導入する CD2- ヒドロキシプロピル化は2級水酸基の水素結合性をCDの外側へ向けて延ばし、水素結合点としての水酸基に自由度を与える効果がある。このため充填剤は従来のCDでは分離できなかったアトロプ異性体を中心に新たな分離スコープを示した。
一方、2-ヒドロキシプロピル基はCDの外側に新たな不斉炭素を与える。このため完全な包接ができないほどに溶質側の芳香環の置換基が大きくなると、外部の2-ヒドロキシプロピル基が立体選択性を生じる主要な結合部位となり、その立体配置が選択性を決定するようになる。β-CDの空洞に完全に入りきれない3,3',5-トリヨードサイロニンのような大きな対掌体では、2-ヒドロキシプロピル基の不斉性を反転することにより、溶出順位の逆転が観測されている。
 
305.jpg
 
     充填剤       充填剤          充填剤
(図9_2(CD))
 
24.jpg
 
カルバメート型誘導体やエステル型の誘導体を作る β-CDにπ塩基性の外部側鎖を導入する目的から、3,5-ジメチルフェニルイソチオシアナートを用いてカルバメート型の誘導体(充填剤)、あるいは塩化トルオイルを用いてエステル型の誘導体が作られた。
これらの充填剤は順相モードで使われ、未修飾のβ-CDでは得られないグルテチミドなどの分離が達成されている。β-ナフチルエチル基や2,6-ジメチルフェニル基をπ塩基性基とする場合、カルバメートはエステルよりも優れた水素結合点を与えることが明らかにされており、これらの修飾CDはπ酸性基を有する鏡像異性体を分離した。アミンやアルコールは3,5-ジニトロベンゼンイソチオシアナートなどを用いてウレタンや尿素誘導体として、またカルボン酸は3,5-ジニトロアニリンとの結合によりアミドとして分離される。
 
306.jpg
(スキーム13)
β-CDは全部で21個の水酸基を持つが、実際に反応するのは2- ヒドロキシプロピル化では約8個、β-ナフチルエチルイソシアナートとの反応では6個、2,6-ジメチルフェニルイソチオシアナートでは10個で、残りは未修飾のままである(充填剤の構造ではこれらの個数を無視して示した)。
未修飾のCDはヘキサンを主体とした順相系の溶媒中では無極性分子がCD内を埋めるため、溶質分子の包接は生じず、その保持はジオール型のアキラルな充填剤に類似している。π塩基結合型のCDは順相系においても分離力を持つことから、包接錯体の形成に依らない、外部での錯体化も考慮されている。
しかし、メタノールなどのプロトン性溶媒中ではπ塩基性基を導入したCDでも鏡像異性体は包接され、外部に位置するカルバメートなどの水素結合性の官能基と結合することが、アテノロールの鏡像異性体に対する取り込みで明らかにされている。
 
271.jpg
 
近年、メタノールーアセトニトリルー酢酸ートリエチルアミンのような非水系の極性溶媒を用いたβ-CDによる分離は順相モードとも逆相モードとも違う第三のモードとして盛んに利用されている。
 
CDをパーメチル化する パーメチル化CDも未修飾のCDと同様に逆相モードで使用され、メチル化は疎水性を高め、またCDの疎水的な空洞を深くする効果を示した。メチル化CDではメトキシ基酸素が水素結合の受容体としてのみ機能し、未修飾CDとの間で鏡像異性体に対する溶出順位の反転が起きることがあり、また保持性は弱くなる。
27.jpg
 
充填剤(スキーム14)
 
これらのメチル化CDを結合した充填剤はCDを結合したシラン化試薬の調製の後に合成される(充填剤)。また3-メルカプトプロピル基を経由したラジカル付加法も利用されている(充填剤10)。
 
26.jpg
充填剤10(スキーム15)
 
5)CDを結合したポリマーでシリカゲルをコーティングする 
ポリマー112-ヒドロキシプロピル基を導入した充填剤と類似の構造をもつポリマーで、シリカゲルにコーティングして充填剤とする。CDをエピクロルヒドリンと結合して塩化物とした後、ポリビニルイミダゾールと反応させたものである。
28.jpg
ポリマー11(スキーム16)


エピクロルヒドリンを架橋剤としてCD同士を架橋し、さらにエピクロルヒドリンとトリエチルアミンから生じる第四級アンモニウム塩によって非架橋部位を修飾したポリマーも合成されている。いずれのポリマーも第四級アンモニウム塩部分がシリカゲルへのコーティングを強固なものとする。

   
5 タンパク質や糖タンパク質を用いる光学分割
  タンパク質や、糖鎖を含む糖タンパク質を固定化したシリカゲルは各種の鏡像異性体を分離し、高効率のアフィニティークロマトグラフィーとなる。主なタンパク質はウシ血清アルブミン(BSA)や人血清アルブミン(HSA)などの血中輸送タンパク質、人血漿中のα-酸性糖タンパク質(AGP)のようなムコイド、あるいはニワトリや七面鳥などの卵白から取り出されるオボムコイド(OVM)である。さらにα-キモトリプシンやトリプシン、真菌のセルラーゼ(酸性糖タンパク質)などの酵素も利用されている。
いずれの場合も巨大な分子をシリカゲルに結合するため、鏡像異性体との結合部位はその表面の一部であり、試料負荷量は小さい。また、鏡像異性体とタンパク質の間の吸着ー脱着は遅く、一般に分離の効率は低い(つまりピークは幅広く、分離係数に見合った鏡像異性体のピークの間の分離が得られない)。
さらにはその3次元構造がクロマトグラフィーの条件によっては非可逆的に変化し、その分離性能を維持することが難しい。そうした中でもオボムコイドはアルブミンやムコイドよりも、強くその3次元構造を保持し、長期間の使用に耐えて、広範な鏡像異性体を分離する優れた充填剤を与える。
 
1)タンパク質や糖タンパク質を用いる分離はどのように展開してきたか 
BSAなどのアルブミン結合型の充填剤はアミノ酸やアミノ酸誘導体を分離し、こうした分離を通して、その分離条件が検討されてきた。これはBSAのトリプトファンの鏡像異性体に対する結合定数の違い(L型に対して2600M-1D型に対して960M-1)が見いだされて以来のことである。今日ではBSAそのものよりも高い選択性を有するBSA中のフラグメントが切り出され、充填剤として合成されるに至っている。
また、ニワトリや七面鳥のOVMは本来混合物であるが、OVMとして従来から知られていた糖タンパク質部分が3つのドメインが切り分けられ、その中の第3のドメインは独自に認識力を有することが見いだされた。シアル酸を含む糖鎖部分は認識に対して重要であると考えられて来たが、少なくともこの第3のドメインによる分離には関与していない。
このドメインの中で鏡像異性体に対する結合部位が見いだされ、その分離の機構が考察されている。基本的には従来の3点結合モデルに立った、静電的相互作用と水素結合、芳香環同士のπーπスタッキングを含む相互作用様式が描き出されている。
図17
しかし、七面鳥OVMではいずれのドメインもOVM全構造による広範な識別力を持たないことから、別の糖タンパク質が検索され、全体の10%程度を占めるOVM固有のアミノ酸配列を持たない、未知の糖タンパク質が識別の本体であることが明らかにされた[5]
 
2)タンパク質や糖タンパク質をシリカゲルに結合する 
タンパク質や、糖タンパク質は、シリカゲルに予め導入したアミノ基やエポキシ基、あるいはエポキシ基の開環によって生じる水酸基を手がかりとして結合される。タンパク質同士を架橋したり、官能基を導入したシリカゲルに結合するにはタンパク質表面のリジン残基を架橋部位とするのが一般的である。
 
BSAHSAを固定化する BSAは炭酸ジコハク酸イミドで活性化した3-アミノプロピルシリカゲルにBSA表面のリジン残基を結合することで固定化できる(充填剤12)。また、3-グリシドキシプロピル基の開環生成物であるジオールをカルボニルジイミダゾールで活性化し、HSAを結合する方法も知られている(充填剤13)。この方法はin situのカラム修飾法として利用された。
309.jpg
 
充填剤12
307.jpg
充填剤13(スキーム18)
 
BSAのシリカゲル表面への導入率を高めつつ、タンパク質以外の部分による疎水的な結合を減らすため、3-アミノプロピルシリカゲルとBSAをグルタルアルデヒドで架橋化する方法が用いられている(充填剤14)。類似の固定化は炭酸ジコハク酸イミドでも行うことができる。
32.jpg
充填剤14(スキーム19)
 
BSAHSAは薬物を始めとする低分子化合物の輸送タンパク質であり、主として疎水的な相互作用により化合物を結合する。架橋により有機溶媒を含む溶離液の使用によるタンパク質の変性が抑えられ、逆相クロマトグラフィーに準じた使用が出来るようになる。
 
AGPを固定化する AGPも初期には3-グリシドキシプロピルシリカゲルにそのリジンアミノ基を反応することによって結合されていたが、糖タンパク質の導入率を上げるため、タンパク質同士をシリカゲル表面で架橋する方法が取られた(充填剤15)。
 
33.jpg
 
充填剤15(スキーム20)
 
ジエチルアミノ基を導入したシリカゲルにAGPを吸着コーティングした後、過ヨウ素酸によって糖鎖末端部分を酸化して、アルデヒド基を生成させ、AGPのもつリジン残基とシッフ塩基を形成させる。次にシアノ水素化ホウ素ナトリウム(NaBH3CN)でシッフ塩基を還元し、APGの架橋化を図るというものである。
導入率は飛躍的に高まるものの、シリカゲル表面のアミノ基とタンパク質部位、あるいはシアル酸残基中のカルボキシル基との静電的な結合、さらに架橋反応によってAGPのコンホメーションが変化するため鏡像異性体に対する結合性や選択性が変わった。
AGPに限らず、充填剤への結合によってタンパク質のコンホメーションは変化し、このため、結合性や選択性は変化する。OVMBSAと同様に固定化できるが、支持体への結合の後、グルタルアルデヒドを用いて架橋したもの、さらに生じたシッフ塩基を水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)によって還元した架橋化充填剤が合成されている。種々の鏡像異性体に対する選択性は低下するものの、架橋化によりメタノールやアセトニトリルなどの有機溶媒の添加に対しても耐え、非可逆的な変性を起こさない、より安定な充填剤が得られている。
 
3)血清タンパク質やAGPは何を分離できるか 
BSAHSAなどの血清タンパク質はカルボキシル基を有するアニオン性の鏡像異性体に優れた分離能を示す。オクタン酸はこうした鏡像異性体の結合領域に競合的に結合するため、クロマトグラフィーの溶離液に加えることで溶質は速く溶出し、ピーク幅は狭くなる。αは小さくなるものの、タンパク質結合型の充填剤における難点である、吸着ー脱着の遅さによるピーク幅の広さを改善する方法となる。
AGPはエフェドリンや、ホマトロピンのようなアミノ基を有するカチオン性の鏡像異性体に優れた分離能を示す。糖鎖中に含まれるシアル酸は少なくとも保持には寄与し、カチオン性の溶質をイオン対の形成によって保持する。
 
339.jpg
 
特にBSAではダンシルアミノ酸や、2,4-ジニトロフェニルアミノ酸などの各種のN-保護アミノ酸、さらにワーファリン、2-アリールプロピオン酸誘導体、ベンゾジアセピン誘導体の分離が知られている。BSAに対する保持は疎水的な相互作用の寄与が大きいが、選択性に対して必ずしも芳香環は必要では無い。
 
273.jpg
 
  4)タンパク質は複数の結合領域をもつ 
BSAHSAなどの血清アルブミンやAGPには複数の鏡像異性体に対する結合・認識部位がある。血清アルブミンは非構造タンパク質であり、HSA では疎水性相互作用と静電的相互作用を主として、2つの主要な薬物結合部位(ワーファリンーアザプロパゾン結合領域とインドールーベンゾジアセピン結合領域)が鏡像異性体に対して立体選択性を示す。また、この2つの領域は鏡像異性体の結合に無関係では無く、(S)-ワーファリンを添加した溶離液を用いてクロマトグラフィーを行うと、ベンゾジアセピン誘導体であるロラゼパムのαは大きくなる。ワーファリンが前者の結合領域を埋めたために生じるアロステリックな効果であると考えられている。
一方、α-キモトリプシンは芳香族アミノ酸残基のC末端側のアミド結合を切断する酵素であるが、やはり特異的な基質結合部位以外にも認識部位を持つ。
 
α-キモトリプシンの場合 N-ベンゾイルロイシンや、アラニンベンジルエステルはα-キモトリプシン本来の基質では無いが、α-キモトリプシンを結合したシリカゲル充填剤により、いずれも分離される(D体が強く保持される)。この充填剤は親水性ポリマーを結合したシリカゲル(J.T.Baker社製)にグルタルアルデヒドを結合し、次いでα-キモトリプシンを結合したものである。
N-トシル-L-フェニルアラニンクロロメチルケトン(TPCK)を用いて酵素の受容部位を塞ぐと、N-ベンゾイルロイシンは分離されなくなる。しかし、アラニンベンジルエステルは依然として分離され、むしろ選択性は大きくなる。これらの事実は前者はα-キモトリプシンの特異的な基質受容部位で認識され、後者は受容部位以外の部分で認識されることを示す。酵素もまた巨大な3次元構造を有するキラルなポリマーとして活性部位以外の領域が鏡像異性体を捕え、分離することができることを示している。
 
HSAの場合 HSAはベンゾジアセピン誘導体であるオキサゼパムの鏡像異性体を分離するが、鏡像異性体それぞれはHSAの別々のところに結合するようだ。これは一方の鏡像異性体の保持が、他方の鏡像異性体の溶離液への添加量によってどのように変化するかを調べる競合的な吸着実験から明らかにされた。その結果、HSAのベンゾジアセピン結合領域に結合するのはS体であり、R体はこれとは別の領域に結合することがわかった。
イブプロフェンはオキサゼパムと同様、ベンゾジアゼパム結合領域に結合するが、同様の競合実験ではいずれの鏡像異性体も、他方の鏡像異性体の添加により競合的に脱着することから、同じ領域に結合すると結論されている。
 
279.jpg
 
分離対象としての鏡像異性体とセレクター分子の多様なコンホマーの相互作用は、また多様な結合様式を生み出す。ボルツマン分布として重み付けされたそれぞれの結合様式は、全体として加重平均化されて巨視的なエネルギー差を与える。タンパク質結合型の充填剤による鏡像異性体の分離は1つの結合領域が多様な結合様式を持ち得ること(これは低分子セレクターも同じこと)に加え、時には全く異なる結合領域が機能し、さらには鏡像異性体の対でも同じところに結合するとは限らないことを示した。
   
6 大環状の糖ペプチドを用いる光学分割
   
抗生物質として知られるバンコマイシンやテイコプランは大環状の糖ペプチドである。その疎水的な穴(ポケット)あるいは溝(クレフト)の中に鏡像異性体を水素結合やπーπスタッキング、あるいは静電的な相互作用によって捕らえて分離する[3]
 
1)バンコマイシンをシリカゲルに結合する
バンコマイシンを3-グリシドキシプロピルシリカゲルと直接、結合するか、(3- イソシアナトプロピル)トリエトキシシランとの反応でシリル化試薬を作り、これをシリカゲルに結合すれば充填剤ができる。
37.jpg
バンコマイシン(構造22)
 
バンコマイシンは分子量1449、配糖体部分は3つの小さな縮合環から成り、これらがバスケット様の構造を作る。このバスケットの中にワーファリンや、5-メチル-5-フェニルヒダントイン、アミノグルテチミド、ダンシルアミノ酸などのN-保護アミノ酸誘導体の鏡像異性体を捕らえて分離する。
 
338.jpg
 
こうしたセレクターはタンパク質や糖タンパク質と違い、分子量が小さいため、シリカゲルへ数多く導入でき、試料の負荷量は大きい。またタンパク質のように変性しないため、無極性溶媒を含む順相系の溶媒が使える。実際、バンコマイシン結合型の充填剤は順相、逆相の両モードで使用され、また3,5-ジメチルフェニルイソチオシアネートで修飾した充填剤も順相系のクロマトグラフィーに応用されている。
 
2)テイコプランによってアミノ酸やペプチドを分離する
バンコマイシンと類似の大環状の糖ペプチド構造を有するテイコプラン(側鎖Rの違いによる数種の化合物が知られている)は4環性で、バンコマイシンと同様の方法によりシリカゲルに結合できる。
テイコプランはアミノ酸やジペプチドを分離するが、バスケット構造の中のアミノ基やカルボキシル基がこうした溶質分子を静電的に結合して、ジアステレオマー錯体を与えると推定されている。
38.jpg
テイコプラン(構造23)
 
3)C3対称性を持つ合成バスケット分子でアミノ酸誘導体を分離する
バンコマイシンのような大環状の糖ペプチドは天然のバスケット型のホスト分子である。一方、合成化学的に作り出されたバスケット型ホスト分子16C3対称性を持ち、3-メルカプトプロピル基を結合したシリカゲルにラジカル付加反応で結合される(充填剤17)。
40.jpg
 
   バスケット型ホスト分子(16)          充填剤17
(図11_1(original)
 
この充填剤17は順相系クロマトグラフィーで、tert-ブチルオキシカルボニル(Boc )アミノ酸メチルアミドなどのアミノ酸誘導体に極めて大きなαを与え、トレオニン誘導体では43のα(L体が強く保持される)を示した。Bocアミノ酸メチルアミドはC末端側のN-メチルアミドをバスケットの内部に入れ、全体で3個の水素結合を形成するように配向する。
41.jpg
(スキーム24)

3,5-ジニトロベンゾイル化したアミノ酸のヘキシルアミドは先の誘導体よりもαは小さいが、Boc誘導体と異なり、D体が優先的に結合するようになる。π酸性の3,5-ジニトロベンゾイル基がπ塩基性のチロシル環とスタッキングするか、バスケットの外側で周辺の芳香環とスタッキングするかのいずれかであると考えられる。溶質としてのアミノ酸の誘導体化の違いによって、比較的小さなセレクターでも結合領域に明らかな変化が起きることを示した例であると言える。

7 分子インプリント(MI)法による光学分割
  タンパク質や糖タンパク質などの巨大な分子をシリカゲルに固定化し、その3次元構造を利用する分離を見てきた。タンパク質の構造は有機溶媒の使用などにより変性し、長期間安定に使用することは難しい。
MI法は酵素や人工抗体がもつ特異的な基質の結合部位を合成化学的に作り出し、天然型の高分子の抱える問題を克服しようとする試みである。ここでは分離対象となる鏡像異性体の一方を選択的に結合するキラルなインプリントポリマーについて述べる[6]
 
1)分子の形状をどのように記憶するか 
特定の分子だけを結合する選択的な結合部位を高架橋度のポリマー中に作り出すため、対象となる分子(鋳型分子と呼ぶ)を共有結合により、あるいは水素結合やイオン結合などの共有結合以外の結合により、重合性のモノマーと張り付ける。これをエチレンジメタクリレート  EDMA)などの架橋剤を大量に用いてラジカル重合し、塊状重合体を作る。充填剤はこの高架橋性の共重合ポリマーを砕き、ふるいをかけて粒子を揃え、鋳型分子を溶媒により洗い流して完成する。粒度は小さいものでは8~16μm程度である。
MI法における塊状重合はシクロヘキサノールや、1-ドデカノールなどの溶媒の存在下にカラム管の中で行うと、多孔性の棒状ポリマーが出き、一気にカラムを作ることができる。
直接、充填剤粒子を合成したいなら、モノマーを溶解しない水などの溶媒を用いて、激しく撹拌しながらラジカル重合を行う。この懸濁重合法と呼ばれる方法では、水中におけるモノマーの分散層(油滴)を安定化するため、各種の分散安定剤を添加する。懸濁重合法は水などの極性な溶媒が複合体の形成を阻むことが問題となり、一般に選択性は塊状重合により得られる充填剤に劣る。
 
2)鋳型分子と重合性モノマーを共有結合する
ホウ酸と1,2-ジオール類はエステルを作り、共有結合でありながら迅速な結合の形成と加水分解の平衡を持つ。このためポリ(ビニルフェニルホウ酸)の微細粒子は1,2- ジオール構造を有する単糖などを分離する優れた充填剤である。こうした分離は官能基特異的なアフィニティークロマトグラフィーと呼ばれている。
 
ホウ酸エステル結合を基にインプリントポリマーを作る 4-ビニルフェニルホウ酸を重合性のモノマー、フェニル-D-マンノピラノシド(18)を鋳型分子としてホウ酸エステル複合体(19)を作り、EDMAを用いて架橋し、鋳型分子を加水分解によって除去する。ポリマー中には鋳型分子の官能基の配向性と形を記憶したキラルな空孔が形成される。この時用いる溶媒はポリマーに多孔性を与える役割を担っている。
 
313.jpg
図25 フェニル-D-マンノピラノシド(18)を鋳型分子とするインプリントポリマーの合成 195%)とEDMA95%)をアセトニトリルとベンゼンの混合溶媒(1:1)に溶かし(モノマー1g当たり溶媒1mlとする)、触媒量のアゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)を加えて重合する。
 
架橋剤濃度を高くするとαは大きくなる こうした空孔の立体選択性は架橋剤の構造と濃度に依存し、EDMAを架橋剤とする場合、18に対する選択性は架橋剤の濃度が高いほど高くなる(95%架橋度でαは最大値に達し、その値は6.0である)。一方で架橋剤の構造には適度の柔軟性が要求される。ジビニルベンゼンでは硬すぎ、テトラメチレンジメタクリレートでは柔軟過ぎる。さらにジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレートと二つのメタクリル酸成分の間の距離が長くなるほどαは急速に低下する。
架橋剤の濃度の検討から明かなように、鋳型分子の形を正確に記憶するためには高い架橋度が必要である。しかし、キラルな空孔へ鏡像異性体が入り込み、速やかにホウ酸基とエステル結合するためにはポリマー中の3次元構造に適度な柔軟性も必要となる。EDMAはこの2つの相反する要求を満たす優れた架橋剤である。
18を鋳型分子とする充填剤はマンノースや、フルクトースの鏡像異性体も分離できることから、鏡像異性体の分離では形そのものの記憶よりも、空孔内に固定されたホウ酸の配向性が重要であると考えられている。
 
αが大きくなるとピーク幅も広くなる 鏡像異性体はキラルな空孔内に進入し、元来の鋳型分子であるD体は2つのホウ酸基に対して配向し、結合を形成する。一方、L 体はいずれか一方のホウ酸基としか結合できない。
MI法によって合成した充填剤を用いてカラムクロマトグラフィーを行うと、鏡像異性体のαは流速とカラム温度によって大きく変化し、この依存性は鋳型とした分子に特に強く表われる。これはホウ酸エステル結合が遅いからでも、ポリマー内部への鏡像異性体の拡散が遅いからでもなく、ポリマーの空孔内で2つのホウ酸基に対して配向することが難しいためである。
しかし、こうした困難な複数のホウ酸エステル結合を作ることが高い選択性を得るためには必要で、1つだけの結合では選択性は乏しい。例外的にマンデル酸と4-ビニルフェニルホウ酸の複合体(20)がα1.6を与えているに過ぎない。
 
314.jpg
20
(構造26)
シリカゲル表面にポリマー薄膜を作る MI法によるポリマー合成をメタクリル酸エステルを導入したシリカゲルで行うと、シリカゲルに50~100nm程度のポリマー薄膜層を作ることができる。塊状重合で得られる充填剤と同様の分離能力をもつ充填剤が得られるという。
315.jpg
(スキーム27)
MI法は酵素における「鍵と鍵穴」に例えられる特異的な結合を人工的に作り出すが、酵素における受容部位が決して「鍵穴」のように硬くないように、ポリマー中の空孔にも柔軟性が要求された。MI法はポリマーの3次元ネットワークそのものをキラルにする点で極めてユニークであるが、その合成は分離対象である鏡像異性体の一方を大量にもつことを前提とし、適用には自ずと限界が生じる。
 
4)非共有結合的な相互作用により分子錯体を作る
共有結合に依らずに鋳型分子と重合性モノマーの複合体を作り、重合する試みは、L-フェニルアラニンアニリド(21)のインプリントから始まった。21は二つのメタクリル酸と結合し、一つは水素結合によって、もう一つは静電的な相互作用によって結合する。
優れた分離能力を持つインプリントポリマーを作るためには、予め溶媒中で形成される分子錯体を壊さないように、EDMAで架橋しなければならない。このため重合反応は低温で、また溶媒にはジクロロメタンなどの水素結合性の低いものを用いる。
 
317.jpg
     21
図28 L-フェニルアラニンアニリド(21)を鋳型分子とするインプリントポリマーの合成 21とメタクリル酸、EDMA3.8:16:80 (mol%)の割合でジクロロメタンに溶かし、触媒量のAIBNを加えて15℃で24時間紫外線を照射する。生成したポリマーを粉砕し、メタノールにより洗浄して鋳型分子を除去する。分級して充填剤を得る。
 
鋳型分子はどこに、どのように再結合するか 21をインプリントした充填剤をジアゾメタンで処理すると、空孔中のカルボキシル基はメチル化され、鏡像異性体への保持性と選択性が低下した。カルボキシル基が鏡像異性体の保持と選択性に対して不可欠であることを実証する実験であったと言える。
こうした充填剤による分離には、pHを調整した緩衝液と非プロトン性溶媒であるアセトニトリルの混合溶媒や、アセトニトリルー水ー酢酸などの混合溶媒を用いる。充填剤への保持はカチオンとしての21が空孔内のカルボン酸と交換するために生じ、鏡像異性体の分離は空孔内のカルボン酸が水素結合部位として協同的に働く時に生じる。
 
鋳型分子の官能基を増やすと選択性は大きくなる 21の構造類縁体として、アミド部分をエステルに交換した22や、フェニルアラニン残基にアミノ基を導入した2321と同様にインプリントされ、水素結合性が弱まる22ではαは小さくなり、また、新たな静電的な相互作用部位をもつ23ではαは大きくなった。
一般に重合性のモノマーであるメタクリル酸がより多く配向する鏡像異性体ほど、選択性や保持性は大きくなり、ピークは幅広になる。このピークの広がりもまた、空孔内での鏡像異性体とカルボキシル基の配向と結合の難しさを示すものであろう。
 
318.jpg
(構造29)
メタクリル酸とEDMAによるインプリント法はZ-アスパラギン酸や、Z-グルタミン酸などのN-保護アミノ酸や、保護ジペプチドなどの分離に、またチモロールや、プロプラノロールなどの医薬品の分離に展開した。
 
280.jpg
 
その他、重合性モノマーにはどんなものが使われているか N-保護アミノ酸はメタクリル酸をアクリルアミドに換え、アミドの水素結合のみに依存するようなインプリントポリマーによっても分離された。また、これらのN-保護アミノ酸は4-ビニルピリジンとの静電的な相互作用(イオン対形成)を用いても分離され、ナプロキセンの分離へと展開した。
45.jpg
(構造30 ナプロキセンと4-ビニルピリジン)
 
5)配位子交換を応用したインプリントポリマーを作る
以上のMI法は溶質分子を水素結合や、静電的な相互作用によって保持するものであるが、金属に対する配位結合もインプリント法に適用されている。N-(4-ビニルベンジル)イミノジ酢酸と銅(II)L-フェニルアラニンの金属錯体(24)をEDMAで架橋し、インプリントしたポリマーは配位子交換クロマトグラフィーの充填剤としてフェニルアラニンやチロシンの鏡像異性体を分離する。
46.jpg
24(構造31)
 
 
   
8 金属錯体の配位子交換を用いた光学分割
  配位子交換クロマトグラフィー(LEC)は金属に配位するアミノ基やカルボキシル基を有する分子を支持体に結合し、中心金属を加えて金属錯体を固定する。溶離液中の溶質が鏡像異性体で、予め結合された配位子がキラルであれば、金属錯体における配位子の交換がジアステレオマーを作り出す。LECによる鏡像異性体の分離は中心金属に配位できるアミノ酸やα-ヒドロキシ酸を中心に展開し、先に述べたMI法へも継承された。
 
1)プロリンをポリスチレンに結合する 
L-プロリンをポリスチレンに結合し、2価の銅を配位した充填剤25はプロリンを始めとするアミノ酸を分離する。L-プロリンは銅と2:1錯体を作るため、充填剤25は銅濃度を増やすほど金属錯体の生成によって架橋され、ついにはポリマーのネットワークがこの架橋によって動かされてゆく。
 
320.jpg
充填剤25(スキーム32)
 
このネットワークそのものを動かすような架橋が進むと、ポリマー中の銅錯体の結合力は弱くなり、逆に溶質配位子への結合能力は大きくなる。銅濃度を高めることによって、ポリマーの溶質に対する結合力は不均一に増大し、結果的にアミノ酸に対するαが大きくなる。また、結合能力の不均一性に関わる脱着の遅さがピーク幅は増やす。
 
2)ジアステレオメリックなL-プロリン--アミノ酸錯体はどのような構造か
こうした充填剤25ではL型の固定配位子に対してL体の(ホモキラルな)溶質が、D体の(ヘテロキラルな)溶質よりも速く溶出する。ヘテロキラルな錯体(26)がホモキラルな錯体(27)よりも安定であることを示す。
ホモキラルな錯体では溶質アミノ酸の側鎖が銅のアキシャル位の上部に強く結合する水分子と立体障害を生ずるのに対して、ヘテロキラルな錯体では既に充填剤のベンジル基の立体障害のために弱く結合している水分子を排除することができる。
 
319.jpg
           26              27(構造33)
 
ここで見る銅錯体のジアステレオマーでは2つの配位子が中心金属を挟んで遠く離れており、固定化されたL-プロリンの不斉な立体環境がどのように他方のアミノ酸に対して影響するかを単純な立体障害によって説明することが難しい。そこで中心金属に結合する水分子が、いわば立体障害を伝達するための媒介として登場したわけである。
種々のアミノ酸が固定配位子として検討されたが、プロリンやヒドロキシプロリンのような立体的に剛直なアミノ酸が大きなαを与えた。
 
3)アミノ酸をシリカゲルに結合する 
L-プロリンを親水的なポリアクリルアミドに結合した充填剤の合成などを経て、各種のアミノ酸を用いてシリカゲルを支持体とするLEC用充填剤が合成された。充填剤28L-プロリンを3-グリシドキシプロピルシリカゲルに結合したものである。アクリルアミドを支持体とする場合や、3-グリシドキジプロピル基を介してシリカゲルに結合する充填剤では銅のアクシャル位に対してアミドのカルボニル基や水酸基が配位するため、充填剤25とは逆の溶出順位が得られる。
322.jpg
充填剤28(スキーム34)
 
  充填剤25はアミノ酸の分離に高いαを与えたが、分離の効率は低かった。また、充填剤28を始めとするシリカゲル系のLEC充填剤も今日的な分離効率を持つものでは無い。その主な原因は隣接する固定化セレクターの間で2:1錯体が形成されることにあり、こうした錯体化を阻止して分離の効率を高めたのが充填剤29である。
末端にビニル基をもつN-(11-ウンデセノイル)-L-バリン tert-ブチルエステルを予め合成し、これを10倍量のデセンで希釈してからジメチルクロロシランでヒドロシリル化する。生成するシリル化試薬をシリカゲルと反応させ、トリメチルクロロシランによるエンドキャッピングを施す。最後にトリフロロ酢酸によりtert-ブチル基を切断し、配位子の固定を完了する直接的なシリル化試薬の結合方法である。この方法はαを犠牲にして分離の効率を選んだものと言える。
50.jpg
充填剤29(スキーム35)
 
充填剤29と類似の構造をもったプロリンを結合した充填剤では、カテコールアミン、アミノアルコールやβ-ヒドロキシ-α-フェニルエチルアミンがサリチルアルデヒドとのシッフ塩基として分離された。固定配位子としてはアミノ酸の他に、酒石酸や、1,2-ヘキサンジアミンなどのジアミノ化合物も用いられている。
   
9 イオン対形成による光学分割
  キラルなカルボン酸とアミンからイオン対を作り、ジアステレオマー塩を分別結晶する方法は最も古典的な鏡像異性体の分離法である。しかしジアステレオマー塩の溶液中での安定性の違いは意外に小さく、その充填剤への応用例は多くない。
キラルな塩基性の対イオンであるアセチルキニンを結合した充填剤30は、逆相モードのクロマトグフィーによりN-保護アミノ酸や、O-メチルマンデル酸のような不斉炭素上に水素結合性の官能基をもつカルボン酸を分離する。充填剤30はアセチルキニンの3位のビニル基を手がかりとして、3-メルカプトプロピルシリカゲルとのラジカル付加反応により合成された。
52.jpg
充填剤30(スキーム36)
 
また、同様の方法で合成されたヨウ化N-メチルキニジニウムを結合した充填剤はベンゾジアゼピン誘導体を順相モードで分離することができる。
   
10 π酸ーπ塩基相互作用と水素結合による光学分割
  π酸ーπ塩基相互作用はヘリセンの分離に応用されて以来、低分子量のセレクターを設計する上で中核的な位置を占めるようになった。充填剤31はキラルなπ酸基である(S)-2-(2,4,5,7-テトラニトロフルオレニリデンアミノオキシ)プロピオン酸を3-アミノプロピルシリカゲルに結合したもので、π塩基性の1-アザ[6]ヘリセンなどを分離した。
 
53.jpg
充填剤31(構造37)
 
こうしたπ酸ーπ塩基相互作用と水素結合を巧みに組み合わせた分離システムはPirkleらのグループを中心に展開し、この一群のカラムに対してPirkle型充填剤(あるいはカラム)の名が冠された。
アントリル基をπ塩基性基とするアントリルカルビノールは初めて登場した第一世代のセレクターで、これを結合した充填剤は3,5-ジニトロベンゾイルアミノ酸誘導体に大きなαを与えた。こうして3,5-ジニトロベンゾイルフェニルグリシンをπ酸性基のセレクターとする第二世代の充填剤が生み出された。これにより分離されるN-アシル化した2-アリールアミノアルカンや、N-アリール-α-アミノエステル、5-アリールヒダントインから、π塩基性基としてナフチル基を有する第3世代のセレクターが選び抜かれ、シリカゲルを支持体とする充填剤が合成された。
 
1)第一世代のPirkle型充填剤
Pirkle型充填剤の出発点となった充填剤32NMRにおける鏡像異性体の識別試薬である2,2,2-トリフロロ-1-(9-アンスリル)エタノール(33)を3-メルカプトプロピルシリカゲルにスルフィド結合を経て結合したものである。π酸性基として3,5-ジニトロベンゾイル基をもつ各種のアミンや、アルコール、アミノ酸、チオール、アミノアルコール、ヒドロキシ酸誘導体やスルホキシドの鏡像異性体を分離した。
 
54.jpg
充填剤32(スキーム38)
 
これらの鏡像異性体はアントリル基とのπ酸ーπ塩基相互作用に加え、セレクター中のカルビニル水素と水酸基が水素結合部位となってジアステレオマー錯体を与える。充填剤33ではキラルな前駆体のブロモメチル基をブロモエトキシ基に変えてアントリル基のπ塩基性を高めるとαは大きくなることから、π酸ーπ塩基相互作用の重要性が確認された。
分子モデリングを用いた錯体の解析では、セレクター333,5-ジニトロベンゾイルアミノ酸メチルエステルの鏡像異性体で両者のコンホマーを洗い出し、そのコンホマーの結合を分子力場法により求めている。最安定のコンホマー同士の組合せでは実験事実としての溶出順位を説明できず、準安定のコンホマーを組み入れることによって、始めて実験的な安定性が再現された。錯体に対する分子力場計算はセレクターと鏡像異性体の両者を構成する全原子の間の相互作用を考慮しながら、全てのコンホマーとコンホマーの相互作用を加重平均化した動的な錯体の形成を描き出したものと言える[7]
 
2)第二世代のPirkle型充填剤
第一世代の充填剤により分離される3,5-ジニトロベンゾイルアミノ酸誘導体が次世代の充填剤を作る候補となり、3,5-ジニトロベンゾイルフェニルグリシンやロイシンを3-アミノプロピルシリカゲルに結合した充填剤が作られた。
充填剤34はアリールアルキルカルビノールを分離するのは勿論のこと、π塩基性基としてα-ナフトイル基を導入したアミンや、ビ-β-ナフトールなどのアルコール、アミノ酸誘導体、スルホキシドなどの多くの鏡像異性体を分離した。
55.jpg
 
充填剤34Rはフェニル基あるいはイソブチル基、EEDQ1-エトキシカルボニル-2-エトキシ-1,2-ジヒドロキノリン))(スキーム39)
 
こうした中から次世代の充填剤を合成するためのキラルな前駆体として、N-アシル化した1-アリールアミノアルカン(a)や、N-アリール-α-アミノエステル(b)、5-アリールヒダントイン(c)、あるいはホスフィンオキシドなどの基本骨格が選び出された。
288.jpg
(構造40_2)
3)第三世代のPirkle型充填剤
N-アシル化された1-アリールアミノアルカンをセレクターとする充填剤(a) N-アシル化された1-アリールアミノアルカンのグループからは、α-6,7-ジメチル-1-ナフチル)イソブチルアミドを結合した充填剤35が合成され、再びπ酸性基として3,5-ジニトロベンゾイル基を導入したアミノ酸やβ-アミノアルコール、アミンの誘導体などが分離された。
 
290.jpg
充填剤35〔スキーム40)
 
こうした充填剤に類似の充填剤が1-(1-ナフチル)エチルアミンを3-アミノプロピルシリカゲルに縮合して合成されている(充填剤36)。
56.jpg
充填剤36(スキーム41)
 
水素結合か双極子ー双極子スタッキングか Pirkle型充填剤ではπ酸ーπ塩基相互作用を中核に置きながら、水素結合の寄与が加わるが、場合によっては水素結合が、主にアミドが作り出す双極子のスタッキングに置き換わることがある。
 
284.jpg
 
溶質37(構造42)
 
溶質37の充填剤35による分離を考えてみる。両者のπ酸ーπ塩基相互作用を前提に溶質分子中のp-メトキシフェニル基を立体障害から逃がすとすると、2-アリール-α-アミノアルカン型の充填剤では双極子ー双極子スタッキングはR体を、水素結合はS体を好む。nが大きくなるとR型充填剤の双極子ー双極子スタッキングはアルキル鎖がシリカゲルを向くため、この機構には馴染まず、結果的に水素結合の過程が優先する。このためnが大きくなるとαは低下し、ついに溶出順位が反転してしまう(S体が遅れるようになる)。
また、キラル成分とシリカゲルを繋ぐスペーサの長さを10炭素鎖から4炭素鎖に変えた充填剤ではスペーサの長いものよりも早く反転が生じた。シリカゲルの選択性への関与をむしろ積極的に取り入れる試みは、こうした分離システムの考察から誕生した。
 
スペーサを短くする プロリンの硬いコンホメーションは金属錯体を用いる配位子交換クロマトグラフィーに応用されたが、プロリンのピロリジン環とカルボキシル基の配向が不安定な錯体を一層不安定化するための分離システムの開発に利用された(充填剤38)。
不安定な錯体ではπ酸ーπ塩基相互作用と3,5-ジニトロベンズアミドNHと、充填剤のN末端側のカルボニル基が形成され、溶質のアルキル鎖はシリカゲルへ向かう。一方、安定錯体はπ酸ーπ塩基相互作用に加えて、3,5-ジメチルアニリドのアミドNHと溶質側のアミド、あるいはエステルのカルボニル基の間に水素結合が生じる。溶質のN-アルキル基を伸ばすほどαは大きくなり、不安定な錯体を作る溶質が一層早く溶出するようになる。
59.jpg
充填剤38(構造43)
 
N-アリール-α-アミノエステルをセレクターとする充填剤(b) N-アリール-α-アミノエステルのグループにはN-(2-ナフチル)アラニンやロイシンなどを結合した充填剤(39)が挙げられる。3,5-ジニトロベンゾイル基や3,5-ジニトロカルバモイル基を導入したアミノ酸のエステルやアミド、アミン、アルコールなど広範囲の鏡像異性体を分離した。アミンやアルコールは3,5-ジニトロベンゼンイソシアナートとの反応により充填剤との水素結合部位が付与され、分離されるようになる。
 
323.jpg
充填剤39(Rはメチル基あるいはイソブチル基)
 
ジアステレオマー錯体の構造を解析する 生成するジアステレオマー錯体の構造は3,5-ジニトロベンゾイルロイシンブチルアミドと充填剤のキラルな成分であるN-(2-ナフチル)アラニンメチルエステル(40)のNMRによる構造解析、あるいは分子力場計算などの分子モデリングから推定された。
69.jpg
40 (構造44)
 
S配置を持つ充填剤39ではS体の溶質がR体よりも強く保持され、(S,S)錯体が安定であることがわかっている。この安定系では芳香環のπ酸ーπ塩基相互作用に加え、溶質側のジニトロベンズアミド水素とセレクター40のカルボニル基、そのアミノ水素と溶質のC末端カルボニル基の間の水素結合が生じる。一方、不安定系では溶質側のジニトロベンズアミド水素とセレクターのカルボニル基酸素が水素結合を生じるものの、安定系のような密接に接近した錯体は形成されない。
NMRによって与えられる錯体構造もまた、クロマトグラフィーの保持に対する局所平衡と同様に、生成する様々な錯体の寄与が加重平均化した結果を示すものである。
 
N-アリール-α-アミノエステル型はさらに進化する N-アリール-α-アミノエステル型の充填剤はさらに進化を遂げ、C末端側のエステルをアミドとして水素結合性を高め、一方で不要なC末端アミドNHを消すため、ジアリル誘導体が合成された(既出の充填剤)。
アリール部位の塩基性は5-アセナフチル基を用いることによりさらに高まり、3,5-ジニトロベンゾイルアミノ酸のジアルキルアミド誘導体に対して、極めて高い、60を越えるαを与えた。また、こうしたセレクター分子をポリシロキサンに結合し、これをシリカゲルにコーティングした充填剤ではシラノール基の影響が小さくなり、一層高いα(90以上)が得られた(充填剤41)。
292.jpg
充填剤41(スキーム45)
 
4)キラルなポリマーをコンビナトリアル合成に利用する このようなシラノール基の影響をシリカゲル系の充填剤から完全に除去することは難しいが、グリシジルメタクリレートとEDMAの共重合から作られる硬いポリマー42はシラノール基を含まない新しい支持体として注目される。このポリマーの微細粒子はプロリン誘導体の結合に使われ、優れた選択性を示した[8]
 
326.jpg
充填剤44(スキーム46)
 
こうしたポリマーはキラルなセレクターの分離能力を評価するコンビナトリアル合成に応用された。3つのアミノ酸(バリンとフェニルアラニン、プロリン)と12個のπ塩基性のアミンの組み合わせから最適なセレクター構造を探そうとする試みである。全部で36種のキラルなアミノ酸のN-置換アミドの中から、数個のセレクター分子を選び、炭酸モノp-ニトロフェニルで活性化したポリマー(43)にランダムに結合し、アミノ酸誘導体に対して最も大きな分離係数を与えるアミノ酸と塩基の組合せを絞り込んでいく。こうしたコンビナトリアル化学の手法により、最終的にプロリン3,4,5-トリメトキシフェニルアミドを結合した充填剤44が最大のαを与える充填剤として選び出された。
 
5)π酸性とπ塩基性を合わせ持つ充填剤
第一世代から第3世代への展開の中で、π酸性とπ塩基性を示す置換基を二つ共に導入した充填剤が合成されている。充填剤45では、ナプロキセンや5-アリールヒダントインがセレクターの作る窪み(クレフト)に面と面の相互作用と同時に、面と縁のπ酸ーπ塩基相互作用を起こすことが明らかにされている。こうした充填剤でもシリカゲルへのセレクターの結合には短いスペーサーが用いられ、大きなαを生み出している。
 
327.jpg
充填剤45(構造46.5)
 
また、チロシンを出発原料とした充填剤46もπ酸性とπ塩基性の置換基を合わせ持つセレクターをシリカゲルに導入したものと言える。
 
74.jpg
 
充填剤46 (スキーム47) 
   
11 水素結合による光学分割
  1)ペプチド鎖のα-らせん構造を利用する
BSAAGPを用いる光学分割はタンパク質表面の三次構造を利用したものであるが、ペプチドの二次構造であるα-らせんのキラリティーもまた光学分割に利用できる。
ポリ(N-ベンジル-L-グルタミン)をポリスチレンに結合した充填剤47は種々のヒダントイン誘導体を分離する。平均、36残基からなるペプチド鎖は右巻きのα-らせんを作り、ベンジルアミド基はらせんの外側に張り出して水素結合部位として働く。溶質分子は2つのベンジルアミド基の作り出す空間に挟み込まれ、水素結合により捕えられてる。
75.jpg
充填剤47(構造48)
 
2)アミノ酸や酒石酸誘導体の水素結合性を利用する
ペプチドの一次構造としての最小単位はアミノ酸ジアミドであり、こうした分子のもつ水素結合力を用いて鏡像異性体が分離できる。充填剤48N-(10-ウンデセノイル)-L- バリンtert-ブチルアミドをジメチルクロロシランでヒドロシリル化した後、シリカゲルと反応して得られる。順相モードの分離では塩化トリメチルシランでキャッピングされる。
この充填剤はα,β-ヒドロキシカルボニル化合物や、α-アミノ酸、β-アミノアルコール、アミン誘導体、1,2-ジオール、ビ-β-ナフトールなどを分離し、中でもα-アミノ酸誘導体に対して高い識別力を示した。セレクター部分のN末端アミドをN-メチル化すると、同型の溶質であるN-アセチル-N-メチルアミノ酸アミドを全く保持しなくなった。こうしたN-メチル体はC7サイトによる分子内水素結合によって折れ曲り型をとるため、分子間の水素結合強度が著しく弱くなり、このため保持が生じなくなったものと考えられる。
293.jpg
充填剤48(構造49)
 
また、酒石酸ジアミド型充填剤49もまた水素結合による分子会合を意図して合成されたものであるが、グルタルイミドやバルビツレートといった医薬品関連の鏡像異性体に対して優れた分離能力を示した。
294.jpg
充填剤49(構造49)
 
充填剤50N,N'ジアリル-L-酒石酸ビス-3,5-ジメチルベンゾエートをビニル基を有するシリカゲルと共に多官能性のシラン試薬でヒドロシリル化したものである。シリカゲルの表面にキラルな3次元網目構造を持ち、多くの医薬品に関連する鏡像異性体を分離した。酒石酸ジアミドの水酸基は柔軟な水素結合部位を提供するが、これをベンゾイル化することにより新たな展開が生まれたものと言える[9]
77.jpg
充填剤50(スキーム50)
 
先に述べたBSAAGPを用いた分離は疎水性の相互作用を主要な結合力とするが、こうした疎水性相互作用はアルキル基を結合した充填剤による分離では最も重要な相互作用である。長鎖のアルキル基をスペーサーとしたアミノ酸ジアミド型充填剤48は水系の溶離液によってもアミノ酸誘導体を分離できた。
こうした分離はシリカゲル表面にセレクターを結合する長いスペーサ部分が、水一メタノール中で疎水的た界面層を形成し、その内部で水素結合に基づくジアステレオマー錯体化が機能するために生じると考えられる。Pirkle型の充填剤の内、3234は逆相クロマトグラフィーでも分離を生じることが明らかにされている。
 
3)相補的な核酸塩基対の間の水素結合を利用する
核酸塩基の間の特異的な水素結合を模倣して、ベメグリドなどのグルタルイミドや、パルビツレート、ヒダントインなどの光学分割が達成された。これらの医薬品は構造的にウラシルやチミンと似ており、N'-2,6-ピリジンジイルビス(アルカンアミド)は特異的に3点の水素結合を作る。充填剤51C2対称性をもち、N-アルキル基にキラルなα-フェニルプロピル基を持つ。
295.jpg
 
図51 充填剤51(S)-ベメグリドの水素結合による錯体化
   
12 キラルな高分子による光学分割
  天然高分子であるタンパク質による光学分割は、その表面領域のアミノ酸残基が作り出す3次元構造を利用したものである。さらに、より小さな機能性の単位して環状ペプチドが登場し、さらにペプチドの2次構造であるα-ラセンが利用され、究極的には最小の単位であるアミノ酸ジアミドも光学分割に利用できることを見てきた。
もう一つ、忘れてはならない天然高分子がある。それはセルロースである。
 
1)セルロースの大きならせん性をキラルな高分子の基本骨格として利用する
セルロース(1,4'-β-グリコシド結合を持つ)や、デンプン(1,4'-α-グリコシドと1,6'-α-グリコシド結合を持つ)はD-グルコースを構成単位とする天然のポリマーであり、セルロースは芳香族アミノ酸の分離に、またデンプンはビフェニル誘導体の分離などに利用されて来た。その後、微結晶性のセルロースのトリアセチル誘導体が充填剤として優れた鏡像異性体の分離能力を持つことが見いだされ、様々なセルロース誘導体が開発された。
 
セルローストリアセテート 微結晶性のセルローストリアセテート52では芳香環を不斉炭素の隣接位にもつような化合物が分離でき、溶質分子はグルコースとグルコースの間の空間にはまり込むと考えられている。
セルローストリアセテートをシリカゲルにコーティングすると、微結晶性のセルローストリアセテートに比べて、高い分離の効率を得ることができる。一方、コーティングはポリマーの高次構造を変えるため、両者の間で溶出順位の反転などが生じることが知られている。
269.jpg
セルローストリアセテート52(構造52)
 
セルローストリフェニルカルバメートなどの3置換誘導体 セルローストリアセテートをコーテングした充填剤の成功以後、トリベンジルエーテル、トリベンゾエート、あるいはトリフェニルカルバメートなど、各種の3置換誘導体が合成された。中でもフェニルカルバメート誘導体は強い水素結合を作ることから、芳香環上の置換基効果が検討され、セルローストリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート)(53)が広い分離スコープと大きなαを与える優れたポリマーであることが見いだされた。
 
268.jpg
セルローストリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート)53(図52.5)
 
セルロースをアミロースに変えたアミローストリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート)は類似のセルロース誘導体とは異なる適用範囲を示し、両者は互いに分離対象を補完するものとなった。セルロースやアミロースの3置換フェニルカルバメートをコーテングしたシリカゲルは極性溶媒中では分離能力が低下することから、その三次元構造中でカルバメートのNHCOの水素結合性が十分に機能することが必要であると考えられている。
 
セルローストリフェニルカルバメートの分離メカニズム 一般に高分子量のキラルポリマーによる分離の機構を考察することは困難な課題である。また、セルローストリフェニルカルバメートや類縁のセルロース誘導体はテトラヒドロフランのような極性な溶媒にしか溶けないため、分離のメカニズムを検討するためにはクロロホルムに溶けるセルロース誘導体を探す必要がある。
セルローストリス(5-フロロ-2-メチルフェニルカルバメート)はクロロホルムに溶けることから、ビ-β-ナフトールとの錯体形成がクロロホルム溶液中で検討された。ポリマー鎖は左巻きラセン構造を持ち、置換フェニルカルバーメート基がセルロースの主鎖に沿って外側に張り出し、鏡像異性体はフェニル基とセルロース主鎖の間のラセン性をもった空間の中で水素結合を形成する。
S体は2つの水酸基が2つの別々のグルコース単位から張り出している2位と3位のカルバーメートと水素結合し、一方のナフチル基が3位のフェニルカルバメートのフェニル基部分とスタッキングする。R体では一方の水酸基しか水素結合出来ないため、R体が不安定な錯体を作り、保持されない。
図53
セルロース誘導体のコーティング型シリカゲル充填剤ではポリマーの剥離をおこすようなテトラヒドロフランなどの溶媒は使用できない。また、これらのポリマーによる分離はその3次元構造の寄与が重要であるため、こうした構造性を破壊する極性溶媒中での長期間の保存は避けなければ成らない。この意味から、フェニルカルバメートとして誘導体化されたβ-CDはセルロース誘導体の構造を強固に結合したものといえるが、その選択性はセルロース誘導体ほどには高くない。
 
2)合成化学的にらせん性を作り出す
キラルならせん性はメタクリル酸トリフェニルメチルを(-)-スパルテインーブチルリチウム錯体を触媒として人工的にも作り出されている。この(+)-ポリ(メタクリル酸トリフェニルメチル)(54)は右巻きで、シリカゲルヘコーティングして充填剤とすることができる。ビ-β-ナフトールやヘリセルなど、芳香環を有する極性の低い鏡像異性体が逆相モードで分離された。これらの軸不斉化合物ではポリマーと同様の右巻きのらせん性をもつ異性体が強く保持された。
 
270.jpg
ポリ(メタクリル酸トリフェニルメチル)54(スキーム54)
 
このポリマーはエステル結合を持つため、溶離液中のメタノールと徐々に交換を生じ、キラルな構造性が壊れてしまう。こうした欠点を無くすため、フェニル基の一つをピリミジル基に交換したポリマーが合成され、交換速度は大いに低下したが、分離能力の低下が一部の鏡像異性体で生じてしまった。
 
3)水素結合をポリマーの3次元ネットワークの中で利用する
  フェニルアラニンなどのアミノ酸のエチルエステルや、α-フェニルエチルアミン、α-シクロヘキシルエチルアミンにアクリロイル基を導入し、これらをEDMAと共重合するとアミドポリマー55を合成できる。 MI法の場合とは異なり、重合性のキラルなモノマーと架橋剤のモル比は10対1程度で、架橋度の低い膨潤性のポリマーができる。ポリビニルアルコールを分散安定剤とする懸濁重合で、一気に充填剤が作られている。
 
266.jpg
アミドポリマー55(スキーム55)
 
ポリマー55は3次元網目構造中のアミド結合が鏡像異性体を捕らえることでその分離を引き起こし、ポリマーのネットワーク無しでは分離は生じない。こうしたポリマーは膨潤性のため低圧クロマトグラフィーでのみ利用されてきた。サリドマイドの分取スケールでの分離が特に有名であるが、ベンゾジアセピン誘導体を始めとする各種のキラルな医薬品の鏡像異性体を分離した。
 
334.jpg
 
高効率液体クロマトグラフィーへの展開を図るため、メタクロイル基を導入したシリカゲルの表面でアミドポリマーが合成された(充填剤56)。充填剤563-グリシドキシプロピル基を開環し、無水アクリル酸、あるいは無水メタクリル酸との反応によりビニル基を導入後、ポリマー55と同様の手法で合成されたものである。
 
267.jpg
充填剤56(スキーム56)
 
直接的なシリカゲルへの結合では無いが、重合性のモノマーをシリカゲルに吸着しておき、これをEDMAで架橋する方法も良好な分離結果を与えている。この場合は塩化ジメチルオクチルシランによるキャッピングを行わないと、残存するシラノール基により保持が長くなる。
   
13 キラルなクラウンエーテルでアミノ酸を分離する
  キラルなビス(ジナフチル)-22-クラウン-657)を用いるアミノ酸の分離はホストーゲスト錯体化をクロマトグラフィーへ応用したもので、フェニルグリシンに対して20を越えるαを与えた。こうした選択性はホスト分子とフェニルグリシンのコンホメーションが高度に限定されたことに基づくものである。
 
330.jpg
 
(R,R)-57Rは水素あるいはメチル基、R'は水素あるいはジメチルクロロシリル基)(構造58)
 
当初、クラウンエーテル57はそのナフタレン環の6位にジメチルクロロシリル基を結合した後、シリカゲルに導入された。この充填剤は塩化トリメチルシリルで徹底的にキャッピングされたが、溶質はアミノ酸メチルエステルの塩酸塩であり、残存するシラノール基が分離効率を下げた。またセレクターの導入率が低いことから、ポリスチレンへの導入が行われた(充填剤58)。
この充填剤58はアミノ酸とアミノ酸エステルの過塩素酸塩を分離し、シリカゲル型の充填剤よりも高いαを与えた。アミノ酸メチルエステル誘導体の結合部位はアンモニウム塩部分とメトキシカルボニル基部位であり、3つのNH+---O水素結合とカルボニル基部位とナフチル基の間のπーπ相互作用によって会合し、アミノ酸側鎖が最も安定な立体的な位置を占める錯体が安定であると考えられている。また、ナフチル基の3,3'位へメチル基を導入することにより、不安定な錯体を一層不安定して、より大きなαが得られた。
ホスト分子を結合したポリマーは溶質としてのアミノ酸の量を増やすほど、大きなαを示した。ポリマー細孔の内部にあるホスト分子はそのコンホメーションが表面のものよりも強く制限されているため、高い選択性を持ち、試料の負荷量が増したとき始めて使われるためと推定された。こうした特異な現象はMI法により得られるインプリントポリマーでも見いだされている。
 
261.jpg
充填剤58(構造57)
 
  近年、ODS充填剤への疎水的なコーティングに姿を変えて、再びクラウンエーテル型のセレクターが登場した。3,3'位にフェニル基をもつセレクター59をコーティングしたODS充填剤は一級のアミノ基を持つアミノ酸やアミンの鏡像異性体を分離した。
296.jpg
59(構造58)
 
1970年に登場したこの代表的なホストーゲスト錯体化が水素結合とπーπ相互作用を巧みに組み合わせた最初の例であったと言え、また今日の直接的な光学分割への道を開いたものと言えるだろう。
   
14 終わりに
  キラルな充填剤をどのように合成するかを中心に述べきた。キラルな充填剤の分離対象は試行錯誤によって決まり、先験的に定まることは少ない。残念ながら1970年以来の光学分割の発展を通してもなお、ある鏡像異性体を分けるためにどの充填剤を使えばよいかを答えることは難しい。さらには「何でも分けられる充填剤」は未だ夢の中にある。
我々はジアステレオマー錯体がエネルギー的に異なるものであることを説明し、特定の鏡像異性体に対してジアステレオマー錯体を設計する段階にやっとたどり着いたところである。
一方、この30年間に実に多くの鏡像異性体が分離された。特に、キラルな医薬品では鏡像異性体の間で体内動態が異なることなどへの関心から、多くの医薬品が分離されてきた。そうした分離に最も貢献した充填剤は、やはりCDとセルロース、あるいはその誘導体ではなかったろうか。
何が分離されるかについては、近年進行しつつある鏡像異性体分離に関するデータベースに譲りたい。CHIROBASE (http://chirbase.u-3mrs.fr/)などのデータベースを検索することにより、その分離方法を知ることができるであろう。
   
15 文献
  1) Allenmark,S.G., Chromatographic Enantioseparation. Methods and Applications Second Edition; Ellis Horwood Series in Advanced Analytical Chemistry; R.A. Chalmers and M. Mason, Eds.; Ellis Horwood, Ltd.: Chichester, 1991: キラルな充填剤の合成法を多く紹介する。
 
2) Chiral Separation by HPLC: Applications to Pharmaceutical Compounds; Krstulovic, A. M., Ed.; Ellis Horwood Books in the Biological Sciences; Weiseman, A., Ed.; Ellis Horwood, Ltd.: Chichester, 1988:  シクロデキストリン(CD)を結合した充填剤、あるいはポリ(トリフェニルメチルメタクリレート)や3置換セルロースをコーティングした充填剤による光学分割が網羅されている。
3) Allenmark, S., Schurig, V., J. Mater. Chem., 7, 1955-1963, 1997.
4) Han, S. M., Biomed. Chromatogr., 11, 259-271, 1997: CDや修飾CDを結合した充填剤によるキラルな医薬品を中心とした光学分割が網羅されている。
5) Haginaka, J., Seyama, C., Kanasugi, N., Anal. Chem., 67, 2539-2547, 1995.
6) Wulff, G., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 34, 1812-1832, 1995: モレキュラー・インプリント法による光学分割を始め、分子認識に対する豊富な文献が網羅されている。
7) Lipkowitz, K.B., J. Chromatogr. A, 666, 493-503, 1994.
8) Murer, P., Lewandowski, K., Svec, F., Frechet, J.M.J., Anal. Chem., 71, 1278-1284, 1999.
9) Allenmark, S.G., Andersson, S., Moeller, P., Sanchez, D., Chirality, 7, 248-256, 1995.

 

Copyright 1997-2003 Akira Dobashi, Department of Pharmaceutical Information
Science(formerly, Department of Structural Organic Chemistry).All rights reserved.
HTML code by Hiroyoshi Horinaga of keypuncher.com.
Please send comments or questions about this site to dobashi@ps.toyaku.ac.jp.